すべては唱題から　　　　　　　日顕上人ご指南より抜粋

四十一、唱題は曲がった心を正す

　法華経は一代仏教の中心で、題目は法華経の肝心（かんじん）である。故に、題目は一代仏教全体の肝心でもある。題目は、自らも唱え、他の人々にも勧（すす）めることが大きな功徳（くどく）を積むのである。

　人々の心は、様々な過去からの罪業（ざいごう）と、現在持つ多大な煩悩（ぼんのう）で歪曲（わいきょく）している。それは、あたかも曲がった木のようなものである。その曲がった木も、まっすぐな墨縄（すみなわ）を打てば建築の材料として使えるように、曲がった心は題目の功徳によって、自然とまっすぐになる。それには、法華経に説かれてある不思議な功徳を信ずることであり、経の説くままに素直に信じて唱えることにより、曲がった心もまっすぐになっていくのである。

　題目は仏の心がそのまま顕われているから、無心（むしん）に唱えるとき、その心がおのずから衆生の心に入るのである。題目の尊さを心奥に銘記（めいき）することが肝要である。

四十二、安楽（あんらく）境地（きょうち）の具現（ぐげん）

　題目を唱えていくことによって、おのずから現在世が安穏（あんのん）になり、未来世が善い境遇（きょうぐう）になるという御指南がある。現世が安穏になることは、一にかかって心の安らかな状態が続くことである。

　一切の人々は、心が色々なことに迷う故に、心に安らぎがない。妙法受持により、現世が安穏になると断定すれば、そんなことがあろうかと反論（はんろん）する人も多いであろう。

　しかし、人の心には、まず求不得苦（ぐふとっく）の悩みがある。欲が深ければ深いほど、求めてしかも得られない苦しみは大きい。あらゆる人が、なんらかの欲求による現状不満足の悩みを抱えているのは事実である。また、愛別離苦（あいべつりく）という、愛する親、兄弟、妻子、眷属（けんぞく）に別れる苦しみや、怨憎会苦（おんぞうえく）という、我れに怨（あだ）する憎むべき者で会う苦しみも多く、時と境遇の移り変わりによって色々に現われる悩みがあることは、万人に共通している。そして生命は、心と身体によって出来ているが、この結合によって「おれが」「私が」という我意識（がいしき）が存する。この我（が）が基となって、あらゆる欲望が焔（ほのお）のように燃え上がる。これが身心の欲望の熾盛（しじょう）な用（はたら）きによって生ずる五陰盛苦（ごおんじょうく）で、すべての苦悩を惹起（じゃっき）するのである。

　このように、我々の身心、特に心は悩みの元である。この不満足を解決しようとして、人々はあらゆる工夫（くふう）や策略（さくりゃく）を練って種々のことを実行するが、それが次から次へと新しい苦悩を生むに至る。これは全体の融通性に暗いためで、小我の無智な凡夫（ぼんぷ）の身心に執（とら）われているから、結局、正しい解決がつかないのである。

　この苦悩の解決には、広大にして根本的な法理を具える題目を信じ、また行ずることが肝要である。その法理の相を詳しく言えば、我々の身心は本来が尊く、不思議なのである。その不思議とは、無智な凡夫の到底考えられないことであるが、しかしまた、これに三つの真理の大存在がある。

　その一は、我々自身が絶対空（くう）という真理である。その二は、内的原因と外的な縁、つまり無量の因縁（いんねん）によって、仮に我という身心が現れているところの仮（け）の真理である。その三は、右二つの真理の一方に片寄らず、その両方を含み具える中（ちゅう）という真理であるが、この三つは相対的な格別の存在でなく、その一々に他の二が宛然として具わる。絶対の三即一、一即三の円（まどか）な法理である。これは、あらゆるものに無限の意義と値打ち、すなわち自由・平等・尊厳が具わることを示す故に、限りなく尊いのである。この法理は、一切衆生の身心と、それによる存在と生活におのずから具わっているから、我々の身心は本来、絶対に円満そのものであり、すべてを正しく照らす智慧（ちえ）と不動の徳と、様々な部分的に派生する善や悪を包含（ほうがん）する大善の体なのである。

　この大法理が、各々におのずから具わるにもかかわらず、人々はこのことを全く知らず、ただ小さな自我（じが）による目前の欲求のみに執われている。この大法理を、ひと言にして顕した教法が南無妙法蓮華経の五字・七字なのである。妙法の広さ、大きさ、深さは凡智（ぼんち）で到底、計り知ることはできない。しかし、妙法を信じて題目を唱えるところに、この法理の体はすなわち我が身であるから、妙法の尊い真理・価値の内容のすべてがその身心によみがえるのであり、求めずして安楽な境界（きょうがい）が自然に現われるのである。人生百般のあらゆる種類の苦悩も、この妙法全体の真理のなかに存在しているから、色々な理論や理屈（りくつ）の説明による納知り知りうるものでなく、繕（つくろ）うことのない、ありのままの身心において、無作（むさ）という融妙（ゆうみょう）不思議な安らぎと、善悪を正しく思いきる尊い自覚が現前する。

　しかし、ただ心に妙法を観念（かんねん）するだけでは、具体的、実質的な妙果は得られない。すなわち妙法の実体を的として、声を出して題目を唱えることが肝要である。この妙法の体とは、久遠より妙法を所有あそばす下種本仏日蓮大聖人の大慈悲により顕された大漫荼羅（まんだら）御本尊である。この御本尊を的として信じ行ずることで、妙法の功徳が確立する。故に、一切衆生は南無妙法蓮華経と唱えることにより、真の安楽がある。この安楽の心地をもって、各々の与えられた境遇で生活するとき、悠々として行住座臥（ぎょうじゅうざが）を楽しむのは、この世界が妙法の世界と達して、そのなかで遊び暮らすこと、すなわち遊楽の生活である。大聖人の御金言に

　「一切衆生、南無妙法蓮華経と唱ふるより外（ほか）の遊楽なきなり」（四条金吾殿御返事　御書９９１㌻）

と、法界の一切を貫く絶対の御指南を拝する。これは、我らの心は知らなくとも、その一念は法界全体に通じているので、あらゆる功徳を享受（きょうじゅ）する一念三千の仏因仏果が生まれる。凡夫そのままで、なんら作ることなく、その身心を仏の体の用きとして、受け用いるのである。

　そこにまた、おのずから後生（ごしょう）善処（ぜんしょ）の福徳も具わる。すなわち、どのような苦しみも楽しみも、それを素直に受けつつ、また執われずに南無妙法蓮華経と唱えるところ、すべてを超越（ちょうえつ）しつつ、現在をそのまま大楽として受け用いる境界である。これが自受法楽の凡夫即仏の自行であり、また、これが必ず化他折伏の行に至るのである。